名古屋高等裁判所 昭和40年(行コ)6号 判決 1969年6月16日
岡崎市六供町字杉本一番地
控訴人
加藤伊八郎
右訴訟代理人弁護土
伊藤公
加藤恭一
榊原守
大池竜夫
湯本邦男
名古屋市中区南外堀町六丁目一番地
被控訴人
名古屋国税局長
大田満男
右指定代理人
東隆一
越知崇好
井原光雄
浜島正雄
山下武
右当事者間の所得税審査決定取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三六年一一月一日付でなした昭和三二年度分所得金額を金五、四八二、四七八円とする所得税審査決定中所得金額二、〇九五、四三五円を超える部分の決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるのでここにこれを引用する。
(控訴代理人の陳述)
第一、本案前の主張について
一、仮りに本件更正請求却下決定が控訴人に告知されたとしても、控訴人のした確定申告は既に訂正されたものであるから控訴人の本訴請求は訴の利益があり、原判決は破棄を免れない。本件課税の経緯は次のとおりである。すなわち、
(1) 昭和三三年 三月一五日 確定申告
(2) 同 年 四月一五日 右申告の更正請求
(3) 昭和三五年 六月二〇日 増額更正決定
(4) 同 年 七月一九日 再調査の請求
(5) 同 年一〇月一五日 更正決定取消
(6) 同 年一〇月一七日 更正請求却下決定
(7) 同 日 再調査請求却下決定
(8) 同 年一〇月一九日 (再) 更正決定
(9) 同 年一〇月二五日 再調査の請求
(10) 同 年一〇月二七日 再調査請求却下決定
(11) 同 年一一月一五日 (再)更正決定に対する審査請求
(12) 昭和三六年一一月一日 審査決定
右のとおり本来昭和三五年六月二〇日以前になさるべき更正請求却下の告知を同年一〇月一八日ころにしながら、右と前後して再更正決定をなし、これに対しては控訴人は適法に不服の申立をしているのである。したがつて、控訴人が更正請求却下決定に対し不服申立をしなかつた過失があるとしても、前記のように被控訴人側にも過失があり、控訴人が不服申立を忘却するも無理からぬ特別な事情があるので、控訴人の右過失は信義則上当然治癒すると解すべきである。税法上の知識に乏しい一私人においては丁度同じころに到達した税務署の処分決定に対しては新たな方(本件では再更正決定)に不服申立をしておけばよいと考えるのは理の当然である。
二、控訴人は前記(1)の確定申告に対し錯誤があつたものとして、税法上定められた(2)の更正請求の方法により申告の訂正をしたものである。しかして確定申告は徴税機関による更正又は決定処分による変更あることを前提として税額が確定されるものであるから、更正決定があればさきの申告は消滅に帰したものと解すべきである。この点判例も更正に対して再更正があつた時は、当初の更正は後の更正決定によつて消滅に帰したものと判断している(最高裁昭和三二年九月一九日判決参照)。したがつて徴税機関によつてなされた更正が再更正によつて消滅するのに、更正より以前になされた申告のみが蘇生することは考えられない。
本件更正の請求却下決定は送達がなかつたか、もしくは著しく遅延して送達されたものであり、仮りに右却下決定が適法になされたとしても、申告は既に更正、再更正および審査決定によつて変更されているものというべきであるから、右審査決定の取消を求める本訴請求は適法である。
三、旧所得税法二三条所定の更正の請求は、申告者自らが一ヶ月以内に発見した申告の誤りにつき更正請求書提出方式によるいわゆる「更正の請求」を定めたに過ぎず、申告者において更正減額の請求をする権利を失うものではなく、申告をしたことにより申告の内容およびその金額につき拘束されるものではない。
しかも同条三項には「税務署長は更正の請求があつた場合、法第二四条の規定による更正をし、又はその更正すべき理由がない旨を通知する」と規定しているところ、訴外岡崎税務署長は控訴人の更正の請求に対してこれに反する増額の更正処分をした(つまり控訴人の更正の請求を拒否していることが明らかである)ので、控訴人は右更正処分に対して適法な再調査請求権を行使したものである。したがつて、右不服申立方法としての再調査請求をしている以上、その後税務署長が手続上の誤りを是正するためにした更正処分の取消、更正の請求却下決定をしたが、控訴人としては重ねて更正の請求却下決定に対し不服申立をする必要はなく、右更正処分に対する再調査請求には、実質上更正請求却下決定に対する不服申立を包含しているものと解することができるから、本訴請求はこの点においても適法となる。
第二、本案の主張について
一、税務署長の再調査請求棄却決定は、控訴人の請求後僅か二日後である昭和三五年一〇月二七日何ら事実上の調査もせずになしたものであるから手続上も重大明白な誤りを犯しているものというべきであり、もし調査を尽しておれば、控訴人の申告の誤りを容易に発見できた筈である。すなわち、控訴人は錯誤により計算を誤り、昭和三二年度の譲渡所得が訴外加藤はつに対する贈与分金二六〇、三三二円のみであり、総所得金額は金二、三五五、七六七円であるにもかかわらず、同年度の譲渡所得を金四、三九一、一九六円、総所得金額金五、三〇四、八八六円と誤つた申告をしたものである。
二、控訴人と訴外東京中島電気株式会社との間の本件売買契約において、地上建物は当時交換価値がなく売買の対象外にされていたものであるから、売買代金六〇〇万円は全額土地の代価であるというべきところ、被控訴人は本件課税処分をするに当り、右売買の実体を無視し、右建物の登記簿上の所有名義が単に控訴人に移転したことをもつて、勝手に売買の対象と認定し、右建物の交換価値を代金六〇〇万円の内で割り振り所得を計算した違法がある。
しかも控訴人は、訴外武市政之に対しては、原判決別紙第一目録記載の土地および地上建物五棟を、また訴外岡崎紡績株式会社に対しては同第四目録記載の土地および地上建物六棟を、それぞれ併せて譲渡したものであるが、地上建物は取毀予定の建物につき無駄な出費を避けるため控訴人名義のままにし土地のみを移転登記したものであるところ、被控訴人は、いずれも土地のみを譲渡したものと誤つた認定をしたうえ課税処分をした。
すなわち、控訴人は昭和二六年四月一二日本件土地建物を代金六〇〇万円で買受け、これを昭和三二年一一月二二日右武市政之外三名に対して分割のうえ土地建物を合計金五、九九四、五七六円で売渡したものであるから、控訴人は右売却処分により本件土地建物一切の所有権を失い、かつ右売上金につき金五、四二四円の損失を負担することになつた。したがつて、控訴人の昭和三二年度所得税のうち右土地建物に対する譲渡所得は損失勘定となつたのである。しかるに被控訴人は審査の結果、右土地建物につき金六、六六三、七五五円の譲渡所得ありと裁決したのは前記のとおり、重大かつ明白な事実誤認に基づくものであるからその取り消しを求めるものである。
三、そこで控訴人は、所得金額二、〇九五、四三五円、納付税額△三五九、八八八円とする再調査請求および審査請求をしたところ、被控訴人は税務署長の昭和三五年一〇月一九日付更正決定による所得金額一〇、七八九、九六〇円をその半額に近い金五、四八二、四七八円に減額し、納付税額一、六一八、〇六〇円とする裁決をした。したがつて、被控訴人において控訴人主張の一部につき真実性を容認し、残部についてもその理由がある以上、本訴につき国税通則法一条の精神に則り当審において実質審理をなすべきである。
四、なお、昭和四一年六月一三日の当審第五回口頭弁論期日において、被控訴人は、「収入金額(譲渡価額)について被控訴人が調査したところ、訴外武市政之、同加藤ふみおよび同石川三郎に対する土地の譲渡価額は時価相当と認められた……」と主張しながら、昭和四三年一一月二五日の当審第一三回口頭弁論期日において「時価相当額の二分の一以上と認められた……」と訂正するのは異議がある。
(被控訴代理人の陳述)
第一、本案前の主張について
一、本件課税の経緯が控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余の主張は全部争う。税法上納税義務者の権利として減額を請求しうるのは、いわゆる「更正の請求」だけであつていわゆる減額更正処分を求める権利まで認められていないことは明らかである。
(1) 控訴人は更正請求却下決定告知前訴外税務署長の第一次更正決定に対し課税標準、税額共に申告額以下であるとして不服申立をしており、かつ却下決定告知直後の第二次更生決定に対しても直ちに同理由で不服申立をしている以上、控訴人としてはたとえ確定申告額以下であつても減額更正の請求をなし得る、或は信義則上更正決定に対する不服申立は更正請求却下決定に対する不服申立と看做すべきであると主張するようであるが、右主張は更正の請求と減額更正について法の建前が全く異つていることを無視した議論といわざるを得ない。
(2) 控訴人は、本件更正請求却下決定に第一次更正決定をしたのは税務当局の過失であると主張するところ、右過失と控訴人が更正請求却下決定に対する不服申立をしなかつたことといかなる関係にあるのか理解し得ないが、訴外税務署長の処置は全く適法であつて何ら非難される余地はない。蓋し、過つて更正の請求に対する処分前に更正決定をしたので自ら取消したうえ、改めて処分をやり直したに過ぎないのであつて、大量回帰的処分を行なわざるを得ない行政庁として当然のことである。
(3) なお、控訴人は更正の請求却下決定に対して再調査請求をしなかつたことについて、「忘却するも無理からぬ特別の事情がある」と主張するが、そのような事情は認められないし、本件課税処分に関する他の処分についてはすべてその都度適法な不服申立をなしていることからも明らかである。
(4) 更に控訴人は、申告は徴税機関による更正又は決定処分による変更あることを前提として税額が確定されるものであるから更正処分があれば、既に申告は消滅に帰したと解すべきである旨主張する。しかしながら、納税者がなした申告に対し、税務署長による更正処分が行なわれても、私人のなす公法行為たる申告の効力が消滅に帰することはない。逆に更正処分が取消された場合でも申告は依然としてその効力を持続し、その範囲内における納税義務には何らの影響も及ぼさず、更正処分が行なわれたことによつて停止させられていた租税債務確定という申告本来の効果が発生することになる。このことは、その後制定された国税通則法二九条において確認的に規定されたことからも明らかである。
二、したがつて、控訴人の本訴請求は、次のような本件課税等の経緯に徴して明らかなとおり訴の利益を欠くものといわざるを得ない。仮りに本訴が確定申告額の減額を求める訴であるとしても、更正の請求却下決定に対する再調査請求およびこれに対する審査手続を経由していないから、旧所得税法五一条一項の訴訟提起の要件即ち訴願前置を欠く違法があり、この点においても、本訴請求は不適法な訴というべきである。
(一) 控訴人は昭和三十二年分所得について昭和三十三年三月
十五日に
所得金額 五、三〇四、八八六円
納付税額 一、八六六、七一七円(差引年税額という)
との確定申告を訴外岡崎税務署長になした。
(二) ところが控訴人は同年四月一五日にいたり右申告額は誤りで
所得金額 二、二九〇、四三一円
納付税額 一八二、九六〇円
が正当であると主張して所得税法(昭和三二年法律一八七号以下同じ)第二七条六項に基き、訴外税務署長に更正の請求を行つた。
(三) 訴外税務署長は右請求に基き調査した結果、減額すべき理由は存しないばかりか却つて増額更正すべき事実が判明したので、昭和三五年六月二〇日付をもつて
所得金額 一〇、七八九、九六〇円
納付税額 四、四五三、四七〇円
との更正決定をした。
(四) 控訴人は右更正決定に対し昭和三五年七月一九日
所得金額 二、〇九五、四三五円
納付税額△ 三五九、八八八円(還付すべき額)
が正当である旨主張し、訴外税務署長に対し再調査請求をした。
(五) 訴外税務署長は右再調査請求に基き調査するうち、前記(二)の控訴人からの更正の請求に対し何等処分をすることなく、前記(三)の更正決定をしたことに気付いた。
そこで同署長は昭和三五年一〇月一五日前記(三)の更正決定を取消したうえ同月一七日前記(二)の更正の請求に対し減額の理由がないとして却下決定を行ない、併せて同日前記(四)の再調査請求もその対象を失つたとして却下決定を行ない、右却下決定通知書はいづれも同月一八日控訴人に送達したのである。
なお、原審において控訴人が受領していないと主張して争つたのは右更正請求却下決定書であり、この却下決定に対し、不服申立をしていないことは控訴人の自認するところである。
(六) 訴外税務署長はその後、あらためて同年一〇月一九日付をもつて前記(三)と同じく
所得金額 一〇、七八九、九六〇円
納付税額 四、四五三、四七〇円
との更正決定をした。
(七) 控訴人は右更正決定に対し同年一〇月二五日前記(四)と同趣旨の再調査請求を訴外税務署長になした。
(八) 訴外税務署長は前記(六)の更正決定に誤りはないとして同年一〇月二七日右再調査請求を棄却した。
(九) 控訴人は右棄却決定に不服であるとして同年一一月一五日被控訴人名古屋国税局長に対し審査請求をした。(理由は前記(四)と同じ)
(一〇) 被控訴人は右請求に基き調査のうえ、審理し
所得金額 五、四八二、四七八円
納付税額 一、六一八、〇六〇円
と認定し昭和三六年一一月一日付で原処分一部取消の裁決をした。
したがつて、右所得金額は、前記(一)の控訴人の確定申告額を上廻るものであるが、納付税額においては却つて確定申告より二四八、六八〇円を下廻るものであるから、訴の利益はないものといわなければならない。
第二、本案に対する答弁および被控訴人の主張
一、控訴人の請求原因第一項の事実中、主張の日時に主張の者より主張の土地、家屋を買受けたこと、控訴人が訴外武市政之、同加藤ふみ、同石川三郎、同岡崎紡績株式会社にそれぞれ主張の土地を、主張の価額で売却したことは認めるがその余は争う。
訴外武市政之および岡崎紡績に対する譲渡については、いずれも土地のみが譲渡されたものであつて同地上の建物は譲渡されていない。
同第二項の事実中、被控訴人が主張の日時に主張のような決定を行なつたことは認めるが、その余は争う。
二、本件課税の内容(総所得金額等)は次のとおりである。
1 控訴人が訴外岡崎税務署長に対してなした昭和三二年分所得税の確定申告の内容はつぎのとおりである。
(一) 総所得金額 五、〇一八、五四〇円
内訳{イ 農業所得 一二一、六六九円
ロ 配当所得 二七、五〇〇円
ハ 給与所得 四七八、一七五円
ニ 譲渡所得 四、三九一、一九六円
(二) 山林所得金額 二八六、三四六円
(三) 合計所得金額 五、三〇四、八八六円((一)+(二))
(四) 所得控除額 一九四、一九二円
(五) 課税所得金額 五、一一〇、六九四円
内訳{イ 課税総所得 四、八二四、三四八円 (所得税法第一二条の二参照)
ロ 課税山林所得 二八六、三四六円
(六) 算出税額 一、九二四、九三〇円 (所得税法第十三条の規定による)
内訳{イ 課税総所得に対する 一、八九〇、八三〇円
ロ 課税山林所得に対する 三四、一〇〇円
(七) 税額控除 五、五〇〇円(配当控除)
(八) 差引所得税額 一、九一九、四三〇円((六)-(七))
(九) 源泉徴収税額 五二、六九〇円
(一〇) 申告納税額 一、八六六、七四〇円((八)-(九))
2 訴外税務署長は右申告に対し更正処分を行なつたがその後これを取消し、さらにその更正処分に対する控訴人の再調査請求ならびに右申告に対する控訴人の更正の請求をそれぞれ却下決定した後、あらためて右申告に対して再更正処分を行なつたがその総所得金額等の内容はつぎのとおりである。
(一) 総所得金額 一〇、五〇三、六一四円
内訳{イ 農業所得 一二一、六六九円
ロ 配当所得 二七、五〇〇円
ハ 給与所得 一、六五九、九二〇円
ニ 譲渡所得 八、六九四、五二五円
(二) 山林所得金額 二八六、三四六円
(三) 合計所得金額 一〇、七八九、九六〇円((一)+(二))
(四) 所得控除 一九四、一九二円
(五) 課税所得金額 一〇、五九五、七〇〇円((三)-(四))
内訳{イ 課税総所得 一〇、三〇九、四〇〇円
ロ 課税山林所得 二八六、三〇〇円
(六) 算出税額 四、八四七、三五八円
内訳{イ 課税総所得に対する 四、八一三、二五八円
ロ 課税山林所得に対する 三四、一〇〇円
(七) 税額控除 五、五〇〇円(配当控除)
(八) 差引所得税額 四、八四一、八五八円((六)-(七))
(九) 源泉徴収税額 三八八、三八八円
(一〇) 申告納税額 四、四五三、四七〇円((八)-(九))
(一一) 過少申告加算税額 一二九、三〇〇円
(一二) 税額計 四、五八二、七七〇円((一〇)+(一一))
3 右再更正処分に対し控訴人がなした再調査請求ならびに審査請求の総所得等の内容はつぎのとおりである。
(一) 総所得金額 一、八〇九、〇八九円
内訳{イ 農業所得 一二一、六六九円
ロ 配当所得 二七、五〇〇円
ハ 給与所得 一、六五九、九二〇円
ニ 譲渡所得 〇
(二) 山林所得金額 二八六、二四六円
(三) 合計所得金額 二、〇九五、四三五円((一)+(二))
(四) 所得控除 三、四〇三、九五八円(注参照)
(五) 課税所得金額 二八六、三〇〇円
内訳{イ 課税総所得 〇
ロ 課税山林所得 二八六、三〇〇円
(六) 算出税額 三四、一〇〇円 (山林所得分のみ)
(七) 税額控除 五、五〇〇円(配当控除)
(八) 差引所得税額 二八、六〇〇円((六)-(七))
(九) 源泉徴収税額 三八八、三八八円
(一〇) 申告納税額 〇 (審査請求では△三五九、六八八円)
(一一) 過少申告加算税額 〇
注 所得税法(昭和三二年法律第一六〇号)第十一条の四の規定による雑損控除額三、二〇九、七六六円を含む。
4 右審査請求につき被控訴人が審理の結果なした原処分一部取消の審査決定の内容はつぎのとおりである。
(一) 総所得金額 五、一九六、一三二円
内訳{イ 農業所得 一二一、六六九円
ロ 配当所得 二七、五〇〇円
ハ 給与所得 一、六五九、九二〇円
ニ 譲渡所得 三、三八七、〇四三円
(二) 山林所得金額 二八六、三四六円
(三) 合計所得金額 五、四八二、四二八円((一)+(二))
(四) 所得控除 一九四、一九二円
(五) 課税所得金額 五、二八八、二〇〇円((三)-(四))
内訳{イ 課税総所得 五、〇〇一、九〇〇円
ロ 課税山林所得 二八六、三〇〇円
(六) 算出税額 二、〇一一、九五〇円
内訳{イ 課税総所得に対する分 一、九七七、八五〇円
ロ 課税山林所得に対する分 三四、一〇〇円
(七) 税額控除 五、五〇〇円(配当控除)
(八) 差引所得税額 二、〇〇六、四五〇円((六)-(七))
(九) 源泉徴収税額 三八八、三八八円
(一〇) 差引納税額 一、六一八、〇六〇円((八)-(九))
(一一) 過少申告加算税額 〇
三、譲渡所得の金額の計算について
1、譲渡所得の課税要件とその計算法規
譲渡所得の金額は、昭和三三年法律第二〇号により改正される以前の所得税法(以下単に「旧所得税法」という)第九条第一項第八号の規定によれば、その年中の資産の譲渡による総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費および譲渡に関する経費を控除した金額となつているが、所得税の課税標準は同法、同条、第一項本文の規定により右金額からさらに一五〇、〇〇〇円を控除した金額の二分の一の金額と定められている。そしてその資産の譲渡が著しく低い価額で行なわれた場合には、同法第五条の二、同法施行規則第二条の規定によりその時の時価による譲渡があつたとみなして、その資産の時価を収入金額として所定の計算を行なうこととなつている。さらに昭和二七年一二月三一日以前に取得された資産を譲渡した場合に控除すべき取得価額設備費などについては旧所得税法第十条の四第二項の規定により資産再評価法(昭和二五年四月二五日法律第一一〇号)第九条の規定により昭和二八年一月一日(同法第三条第一項基準日)に再評価が行なわれたものとみなして再評価を行なつた。その再評価額と、昭和二七年一二月三一日以後に支出した設備費等の額との合計額とすると定められている。
2、控訴人の申告
控訴人は、その所有にかかる原判決別紙第一目録記載の土地を昭和三二年一〇月一二日に<1>訴外武市政之へ、同第二目録記載の土地を昭和三二年一〇月一七日に、<2>訴外加藤ふみへ、同第三目録記載の土地を昭和三二年一〇月一二日に、<3>訴外石川三郎へ、同第四目録記載の土地を昭和三二年一〇月一七日に、<4>訴外岡崎紡績株式会社へ、それぞれ売却し、また控訴人が所有していた土地、家屋を昭和三二年一一月二二日に、<5>訴外加藤はつへ、贈与したので右の売買ならびに贈与に伴なう譲渡所得について、訴外岡崎税務署長に対し再評価税、および所得税の申告を行なつたがその計算根拠は次のとおりである。
<省略>
注1 <4>岡崎紡績へ売却した土地の収入金額四、四六五、〇八〇円は、当該譲渡価額が金二、〇三〇、〇〇〇円でこれは時価の二分の一に満たない価額であつたため、旧所得税法第五条の二第二項の規定により譲渡したものとみなされた価額(当該譲渡資産の時価)である。
注2 <5>加藤はつへ贈与した土地の収入金額八三五、一二〇円は旧所得税法第五条の二第一項の規定により贈与したとみなされた価額(当該贈与資産の時価)である。
3、被控訴人の審査決定
右申告に対し、訴外岡崎税務署長が課税した(被控訴人がなした審査決定の額)譲渡所得金額の計算根拠は次のとおりである。
<省略>
注1 課税対象となる譲渡所得の金額は金三、三八七、〇四三円である。
<省略>
注2 <5>加藤はつにかかる譲渡経費は、金額で二一、七九四円であるが贈与土地の内原野は再評価の結果、譲渡所得が算出されないので、右経費のうち原野分に相当する二、六二一円を譲渡経費から除外したものである。(再評価法第四二条第三項参照)
(一) 収入金額
収入金額(譲渡価額)について被控訴人が調査したところ、(1)訴外武市政之、(2)同加藤ふみ、および(3)同石川三郎に対する土地の譲渡価額は時価相当額の1/2以上と認められたが、(4)訴外岡崎紡績株式会社に対する土地、および(5)訴外加藤はつに対する土地、家屋の譲渡価額、すなわち、その収入金額となされる譲渡資産の時価は、時価評価資料となつた賃貸価格(旧地租法「昭和六年三月法律第二八号」第八条に規定する賃貸価格をいう、以下同じ)に誤りが認められ、収入金額(時価)は次の計算のとおり(4)訴外岡崎紡績株式会社に対する土地は、金四、四六四、〇〇〇円(5)訴外加藤はつに対する土地、家屋は金八二六、一五〇円がそれぞれ正当であつた。
(4) 訴外岡崎紡績株式会社に対する土地
賃貸価格 評価倍数 評価額(時価)
土地 744円(15銭)×6,000倍=4,464,000円
(5) 訴外加藤はつに対する土地、家屋
賃貸価格 評価倍数 評価額(時価)
家屋 191円×1,700倍=324,700円
宅地 94円62銭×4,500〃=425,790円
山林原野 11円64銭×6,000〃=75,660円
計 826,150円
(二) 取得価額、再評価額
譲渡所得の計算上、取得価額となる再評価額について、控訴人は、いずれの譲渡資産もその取得の時期は、財産税調査時期(財産税法第一条「昭和二一年三月三日午前零時」)以前であるとし資産再評価法第二一条第二項の規定により譲渡資産の財産税評価額(財産税法第二五条同第二六条の規定による評価額)を取得価額として、これを再評価した再評価額を取得価額として申告していたのであるが、被控訴人が調査したところ(5)訴外加藤はつに贈与した土地、家屋は取得時期が財産税調査時期以前であると認められたが(1)訴外武市政之、(2)同加藤ふみ、(3)同石川三郎、および(4)同岡崎紡績株式会社に譲渡した土地は、控訴人が昭和二六年四月一二日に訴外東京中島電気株式会社より、当該土地と同地上建物、木瓦二事務所外二九棟(二、八一七坪五勺)を一括して金六、〇〇〇、〇〇〇円にて買受けたものであることが判明したが、右金六、〇〇〇、〇〇〇円の土地、家屋別の価額については、売買契約において適確な約条がなく、その各別の価額が明らかでないので各別の価額については、取得時の価額により按分した。
すなわち、家屋と、その敷地をともに取得した場合で、それぞれの取得価額が不明な場合は、それぞれの資産の取得時における価額(相続税の評価額)によつて按分して求めるのが最も妥当な方法であるとされているので(昭和二五、八、一七、直資一―五一資産再評価法(個人関係)一般通達第八九項)次のとおり一括取得価額六、〇〇〇、〇〇〇円を当該取得した土地と家屋の相続税の評価額(相続税法上の時価)により、按分計算した結果、土地の価額を八八四、七〇〇円と算定したものである。
賃貸価格 昭和26年分相続税評価倍数 昭和26年分相続税評価額
土地 6,376坪39 1,747円83銭×1,000倍=1,747,830円
家屋 2,568坪65 10,107円×1,000〃=10,107,000円
一括価額 比率 家屋の価額
<省略>
土地の価額
6,000,000円-5,115,300円=884,700円(坪当138円74銭)
右のとおり(1)訴外武市政之、(2)同加藤ふみ、(3)同石川三郎、および(4)同岡崎紡績株式会社に対する土地の取得価額は、昭和二六年四月に八八四、七〇〇円をもつて取得したものと認められ、したがつて再評価額は、再評価法第二一条第一項の規定により同条に定める取得の時期に応じて定められた別表七の倍数(一、七)を乗じて次表のとおり計算した。
一、四一五、五〇〇円が正当なものとなる。
再評価額の計算
<省略>
注1 原野の再評価額は、計算上は一四四、〇〇〇円となるのであるが、資産再評価法第四二条第三項の規定により贈与があつた時における価額(七五、六六〇円)が再評価額一四四、〇〇〇円に満たない場合は七五、六六〇円が再評価となる。
注2 家屋の再評価額は二九二、二三〇円であるが、基準日(昭和二八年一月一日)現在額であるから、旧所得税法第一〇条の五および同法施行規則第一二条の一四の規定により二九二、二三〇円より(譲渡の時)昭和三二年一一月二二日までの期間に対応する減価の価額三一、二四五円を控除した二六一、九八五円が譲渡時現在の再評価額である。
(三) 譲渡に関する経費
被控訴人が調査したところ、(5)訴外加藤はつに対する土地の贈与については、訴外都築一雄司法書士に対する代書料二一、七九四円((原野分に相当する二、六二一円を含む(3の注2参照)))の支払があり、右は譲渡経費と認められた。
また、(1)訴外武市政之、(2)同加藤はつ、(3)同石川三郎および(4)同岡崎紡績株式会社に対する土地の譲渡に関しては、次のとおり合計三四九、二五一円の経費支出が認められた。
<省略>
以上述べたとおり、被控訴人の決定は法規に従い適正に行なわれたものであつて、なんらの違法はなく、控訴人の主張は理由がない。
(証拠関係)
控訴代理人は、甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二第六ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五、第一六号証の各一、二、第一七号証の一ないし三、第一八号証の一ないし六、第一九号証の一、二、第一〇号証ないし第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証を提出し、原審証人斎藤功、当審証人石川安太、同武市政之、同石川三郎の各証言、原審および当審における控訴本人尋問の結果を援用し、乙第五、第六号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は全部認めると述べた。
被控訴代理人は、乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証ないし第二一号証を提出し、原審証人杉浦三二(第一、二回)、同鴨下芳枝、同榊原一弌の各証言を援用し、甲第一、第二、第七号証、第一一号証の一、二、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五号証の一、二、第一八号証の一ないし六、第一九号証の一、二、第二〇、第二一号証、第二三号証の一、二の成立はいずれも認めるが、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。
理由
一、まず、被控訴人主張の本案前の抗弁について判断する。
(一) 控訴人が昭和三三年三月一五日訴外岡崎税務署長に対し、昭和三二年度分所得について、所得金額五、三〇四、八八六円(内譲渡所得四、三九一、一九六円)、納付税額一、八六六、七一七円とする確定申告をしたこと、
(二) ところが控訴人は、同年四月一五日右申告額は譲渡所得の計算違いにより過大であつた旨主張して、所得税法(昭和三二年法律第一八七号、以下「旧所得税法」という)二七条六項に基づき、訴外税務署長に対し更正の請求をしたこと。
(三) 訴外税務署長は昭和三五年六月二〇日第一次(増額)更正決定をしたので、控訴人は同年七月一九日これに対し再調査の請求をしたこと。
(四) 同年一〇月一五日訴外税務署長は、第一次更正決定を取消し、同月一七日更正請求却下決定、再調査請求却下決定をしたうえ、同月一九日第二次(増額)更正決定をしたこと。
(五) そこで控訴人は、同年一〇月二五日訴外税務署長に対し右第二次更正決定につき再調査の請求をしたところ、同月二七日再調査請求却下決定がなされたこと。
(六) 同年一一月一五日控訴人は被控訴人名古屋国税局長に対し審査の請求をしたところ、被控訴人は昭和三六年一一月一日所得金額五、四八二、四七八円(内譲渡所得三、三八七、〇四三円)、納付税額一、六一八、〇六〇円とする審査決定をしたこと。
以上の事実はいずれも当事者間に明らかに争がない。
二、そこで前記(四)の更正請求却下決定の告知がなされたかどうかについて検討する。前記争のない事実に成立に争のない乙第一ないし第三号証、原審証人杉浦三二(第一、二回)、同榊原一弌、同鴨下芳枝の各証言を総合すると、訴外税務署長は前記(三)の第一次更正決定に対する再調査の請求に基づき調査するうち、前記(二)の更正の請求に対し何ら措置することなく更正決定をした誤りを発見し、右瑕疵を是正するため、昭和三五年一〇月一五日右更正決定を自ら取消したうえ、同月一七日控訴人のした更正の請求は調査の状況より譲渡所得の減額を認められないとの理由で却下決定を行ない、併せて右再調査の請求も不服の対象となる更正決定を取消したので意味がないとして却下決定をなし、同日右却下決定通知書二通を控訴人(住所岡崎市六供町字杉本一番地)宛それぞれ書留郵便に付して送達したところ、住所不在につき送達不能になつたこと、そこで訴外税務署長は翌一八日、再調査請求後三ヶ月を経過したときは国税局長に対する審査請求とみなされるので、急いで小使榊原一弌に右書類の使送を命じ、同人は直税課長杉浦三二に案内されて控訴人の間借先である岡崎市明大寺町字馬場東六一番地多羅尾八郎方へ右書類を持参したところ、控訴人が不在であつたので、榊原一弌は家主である多羅尾八郎の妻に対し、控訴人に手渡してくれるよう依頼して右決定書在中の封書二通を交付し、使送簿(後日右帳簿は誤つて廃棄処分されてしまつた)に同女の受領印を押捺してもらつて帰つたことが認められ、原審証人斉藤功の証言および原審における控訴本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分は前掲証拠に対比してにわかに措信できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
さらに前掲証人杉浦三二、同榊原一弌の各証言およびこれにより真正に成立したものと認める乙第五、第六号証を併せ考えると、訴外税務署長は翌一〇月一九日、第一次更正金額のとおりに更正する旨の第二次更正決定をなし、同日右榊原一弌をして右更正決定通知書および納税告知書在中の封書を再び控訴人方へ持参せしめたが、控訴人は前日と同様不在のため、前記多羅尾八郎の妻に依頼して右書類を手渡し、使送簿(乙第六号証)に同女の受領印を押捺してもらつたこと、そのころ同女は「控訴人より税務署の書類が控訴人の留守中に配達されたかどうかを尋ねられた」旨榊原に告げたことが認められる。
しかして、控訴人が右第二次更正決定に対し同年一〇月二五日直ちに再調査の請求をしたことは当事者間に争がないので、他に特段の事情の認められない本件においては、前記認定の諸事実より推測して、控訴人は当時、不在勝ちのため前記多羅尾八郎の妻に税務署の書類等を受領する権限を与えていたものというべく、第二次更正決定通知書と同様に前日に使送された本件更正請求却下決定通知書および再調査請求却下決定通知書を昭和三五年一〇月一八日ころ同女から受取りこれを了知していたものと推認するに難くない。してみると、該決定は同日控訴人に対し適法に告知せられたものと解するを相当とする。
三、控訴人は、確定申告は徴税機関による更正又は決定処分による変更あることを前提として税額が確定されるものであるから、更正処分があれば、既に申告は消滅に帰したと解すべきである旨主張する。しかし、申告納税方式をとる所得税については、第一次的に納税者のした申告により納付すべき税額が具体的に確定する。この申告税額を税務官庁が正当でないと認めたときは、これを更正して、追加的に税額を具体的に確定する。また、申告がないときは税務官庁が決定を行い税額を具体化する。更に、納税者又は税務官庁がこれらの税額をなお正当な金額でないと認めたときは修正申告又は再更正等が行われるものである。従つて、納税申告に対し、税務署長による更正処分等が後に行われても、更正前に納税者がなした公法行為たる申告の効力が消滅に帰するものではない。すなわち、納税者が行なう申告および税務署長が行なう更正又は決定処分等は、それぞれ別個独立の行為として行われるものであり、税務署長のする増額更正処分のごときはこれにより追加的に確定される納付税額(増差税額)に関する部分についてのみ効力を生じ、後の更正等の処分は前の申告等とは別個の行為として併存するものである。ただ両者は、一個の納付税額の内容を具体化するための行為であるから、後の更正等により前の申告等はこれに包摂されて一体的となり密接な関係を有するが、更正等が後日取消された場合でも申告は依然としてその効力を持続し、その範囲内における納税義務には何らの影響を及ぼさないものと解すべきである(控訴人引用の判例は、再更正が行われた場合における当初の更正処分の効力に関するものであるから、本件に適切ではない)。したがつて、本件において控訴人のした申告は、後に更正又は再更正がなされたことにより消滅に帰したものとはいえないから、控訴人の右主張は採用できない。
四、次に控訴人は、旧所得税法二三条は更正請求書提出方式による「更正の請求」を定めたに過ぎず、申告者において更正減額の請求をする権利を失うものではなく、申告をしたことにより申告の内容およびその金額につき拘束されるものではない旨主張する。
しかし、所得税法が申告納税制度を採用し、確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けた所以は、所得税の課税標準等の決定については、その間の事情に最も通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速かに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞れがないと認めたからにほかならない。従つて確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないものと解すべきである(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決、民集一八巻八号、一七六二頁参照)。しかして、右特段の事情も認められない本件においては、控訴人は更正の請求却下決定に対する不服申立期間経過後は、確定申告書に記載した所得金額に拘束され、右申告額が過大に失したこと等を理由に過誤の是正を主張し得ないものといわねばならない。控訴人主張のように申告者において、いつでも確定申告額以下に減額更正処分を求める権利を有するものでないことは、旧所得税法の規定に徴して明らかである。
五、しかるところ、控訴人は本件審査決定の取消訴訟において、控訴人のした確定申告額(金五、三〇四、八八六円)より低い所得金額(金二、〇九五、四三五円)をもつて正当とし、それを超える部分について審査決定の一部取消を訴求しているが、少くとも右申告額以下に取消を求める部分は、実質上更正請求却下決定の取消を求めるものというべきであるから、これについては旧所得税法四八条一項所定の更正請求却下決定に対する再調査、同法四九条一項の審査請求手続を径由することを訴訟要件とする。
ところが控訴人は、この点につき更正請求却下決定告知前に第一次更正決定に対し再調査の請求をなし、かつ更正請求却下決定後第二次更正決定に対しても適法に再調査の請求をしているので、信義則上更正決定に対する再調査の請求に更正請求却下決定に対する不服申立を包含しているものと解すべきである旨主張する。
しかし、訴外税務署長が本件更正の請求を看過し、これに対する措置前に誤つてこれに反する第一次更正決定をしたことは明らかであるが、右増額更正決定の処分と更正(減額)の請求を却下する処分とは別個の行為であつて前者の処分に後者の処分を包含するものとは解されない。仮りにこれが包含されると解する余地があるとしても、右更正決定は後日取消され、これに対する再調査の請求もすでにその対象を失つたとして却下されていることは前記認定のとおりである。そうであれば、訴外税務署長が更正の請求に対する措置前に右更正決定をした手続上の瑕疵はあるが、同税務署長は該決定の誤りを是正するためこれを取消して、更正の請求並びに再調査の請求を却下し、その旨告知しているのであるから、右瑕疵はすでに治癒されいるものと解すべきであり、右更正決定に対する再調査の請求をしたことをもつて前記訴訟要件を充足するものとはいえない。
仮りに控訴人が税法上の知識に乏しかつたとはいえ、更正請求却下決定と更正処分とは税務署長のなす別個の行政処分であるから、右二個の処分が相前後してなされても、その不服申立方法は後の行政処分に対する不服申立のみをなせば足りるとする理由はない。従つてその後適法になされた第二次更正決定に対する再調査の請求に、右更正請求却下決定に対する不服申立の趣旨を信義則上当然に包含しているものとも解し得ない。
さらに行政庁側に前記のような手続上非難される点があつたからといつて、すでに右瑕疵は治癒されており、かつ、控訴人は第二次更正決定に対しては適法に再調査の請求をしていることから考えて、控訴人が本件更正請求却下決定に対する再調査の請求等をしなかつたことにつき、旧所得税法五一条一項所定の正当な事由があるものとは認めがたい。控訴人の右主張はいずれも理由がない。
六、そうであれば、納税義務者である控訴人は確定申告書記載の内容を争い得なくなつたものというべきところ、控訴人が本訴において仮りに勝訴し被控訴人のした審査決定が一部取消されたとしても、控訴人の所得金額は確定申告書記載の金額に確定するだけで、その結果、総所得金額および譲渡所得額は控訴人の申告額の方が被控訴人認定の金額より上廻るが、納付税額においては却つて審査決定の方が確定申告額を下廻るから、控訴人にとつて不利な結果となることは明らかである。
してみると、控訴人は本訴において被控訴人のした審査決定の取消を求める訴の利益を欠くものというべきであるから、本訴は不適法として却下を免れない。
よつて、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 井口源一郎 裁判官 土田勇)